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人生で初めて額装を依頼した。〜カンジ『【改訂】蜘蛛の糸:要因M』が心を大きく揺さぶる理由〜

Posted on:March 19, 2023 at 03:00 AM

中野ブロードウェイの地下から出た。8 月の東京の暑さは感じられなかった。私の心は 1 つのことで埋め尽くされていた。

額装しなければならない

中野ブロードウェイから中野駅までの道のりには、来る時に感じた悩みや迷いはなく、確信と覚悟が心の裡を占めていた。

どのような絵を買ったのか、なぜ額装しなければならないと思ったのか、どう額装したのか、これらについて話す前に、どのような経緯で『【改訂】蜘蛛の糸:要因 M』を手に入れるにいたったのか、まずはそちらから話して行こう。

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2022 年 8 月 20 日中野駅

2022 年 8 月 20 日の東西線は、コロナの影が少し引いたとはいえ、車内はまだまばらだった。手元のノートに予算と何を買うかを書いて、検討する。今日から開催される「闇かわグロかわ展」に行くのだが、一部のものはいくらかというのは明示されていないので、値段については予測する他ない。

中野駅に降り立ち、中野ブロードウェイに向かう直線を歩く。8 月下旬の夏の暑さで汗ばんだ。頭の中では、何を買おうか、そして実際はいくらなのかと考えながら、歩を進めていた。中野ブロードウェイに到着し、地下に入る。別の悩みに直面した。ここがどこかわからない。Google Maps では正しい方向を示しておらず、館内地図を見ながら自分がどこにいるのか、どの通路を進むべきかを考えながら、あたりを見回した。やっとのことで会場にたどり着き、私は目当ての展示物を発見した。その存在感は際立っていた。

深呼吸をする。深く。

カンジ氏(@shioamecake)の作品は、設営の力も相まって、正面から見ると、見ている私の現実感と非現実感とのバランスがおかしくなった。

紫のフリルは天使の羽を想起させ、垂れ下がったビニール紐は傷口から滴る血液のようであった。それらの中にある作品が 2 つあり、1 つは地上において天使になろうとしている者が苦しむ様(『滴る膜』)、もう 1 つは地獄に落ちるに至った後悔に苦しむ様(『【改訂】蜘蛛の糸:要因 M』)。両者ともに苦しみという点を共有しているが、ホログラムチップによる雪のようなきらめきや、ピンクが多く使われた色彩などが作品にあることにより、作品中の苦しみが現世とは違うもののように見える。ウェブ上で 2 つの作品を知っていたが、それらを直接見ると全く違う印象を受けた。

私は心を落ち着かせ、予算とどちらに心をより動かされたか、どう文章を書くか、そしてどちらがより生活が豊かになるかを考えた。そして『【改訂】蜘蛛の糸:要因 M』の値段を確認した。予想よりもずっと安かった。サインをして支払いを済ませ、他の展示物を見たり作家さんと話をしたりした後、私は早々に立ち去った。

中野ブロードウェイの地下を抜け、夏の暑さを感じる余裕はもう私にはなかった。私の心の中には 1 つのことしかなかった。

額装しなければならない

なぜ額装しなければならないのか

なぜ額装をしなければならないのか。それは保存や展示のためではない。額装をしなければ、私の気持ちが済まなかったからである。

私が最初に直感した値段より、提示されていた価格はかなり低かった。もちろん、作品の公開からだいぶ時間が経っており、その当時とで物価の差もあったであろう。しかし、私はこの差がどうしても許せなかった。この差を埋めなければならない。どうすればこの差を埋められるだろうか。

絵画というのは一度作者の手から離れてしまったら、その作品に手を加えることはできず、作者以外の人間によってその価値を内から高めることはできない。残されたのは外側からのアプローチだけであり、内在的な価値ではなく、付加価値をどう創造するかである。その外側からのアプローチが、川野氏(@GrandGuignol96)のように設営をしたり、今このように文章を書いたり、額装をしたりすることである。

文章を書くことにはかなり時間がかかることが予想できたので(実際に購入から 6 か月以上が経過してやっと文章を書くことができている)、額装を第一の選択と決めた。

額装が唯一の選択である、みたいなトーンで話していたが、実は、私は額装をした経験も注文した経験もない。ただ、友人がやっていたり、知り合いが注文していたり、と耳学問としては知っていた。額装は友人に頼むこともできたが、世界堂で依頼することにした。というのも、通常のサイズとは異なり、特注オーダーメイドとせざるをえなかったからである。(角箱に入れるという選択もあったが、ビスで止めるため、作品の枠を傷つけてしまうことになるため、選択肢から外している)

色味、筆のタッチ、作りの近さ、また、作品の背景、自分が何に心を動かされたのか、それらを考えながら、かなり時間をかけて、世界堂の担当の方とお話し、比較検討し、自分の思い通りに近い組み合わせが見つけられた。そこそこ値段はかかったが、満足できるものになった。(世界堂さんには本当に感謝である)

カンジ氏の作品の額装は Instagram に投稿してあるので、以下に埋め込んでおく。

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カンジ氏の世界観と私が見出したもの

上記の写真をご覧いただき、何か強烈なインパクトを感じただろう。それは 2020 年 1 月 10 日の私も同じである。当日原宿で開かれていた「美少年展」に足を運んだ。特に目的があったのではなく、これまで関与してこなかった世界を見たくなったからである。東京に住み始めて数年経っていたにもかかわらず、原宿に行ったのが人生で初めてだった。その時に展示されていた氏の作品は『明晰夢の日々』であった。行った時点で売約済みで、作品集の表紙にもなっていた。これが強烈だった。その強烈なインパクトの要因の 1 つがリアリティと奥行きである。

カンジ氏の作品の特徴はそのリアリティと奥行きである。特徴的な色使いとデッサン能力による、まるでそこにあるかのようなリアリティ。ラメやホログラムチップによる煌めきによる物理的な立体感、そして、層を重ねることによる奥行き。氏の作品を見ると、現実と非現実の境界線が曖昧になり、不思議な感覚に陥り、自分がどこにあるのかすらわからなくさせる。氏のテーマの「よく学べ よく遊べ すけべ」からの言葉遊びのように思えるかもしれないが、氏の作品の多くはおもちゃ箱をひっくり返したような様であり、おもちゃ箱をひっくり返した場所に気軽に足を運ぶと囚われてしまうから気をつけねばならない。

上記の氏の特徴や他の作品と比較した際に、『【改訂】蜘蛛の糸:要因 M』は、従来の作品と異なる雰囲気を持っている。暗い闇と鮮血もしくは吐血を思わせるような色合い、グロスポリマーの光沢感、これらは妖しさを感じさせ、おもちゃ箱をひっくり返したような氏の印象からは離れている。もちろん、リアリティと奥行きは氏の他の作品と同様に存在している。目にためられた涙を表現するグロスポリマー、血を思わせるように重ねられた絵具、これらによってすぐ向こうで苦しんでいるかのようである。右下の靴のフリルは本物を上から貼り付けたかと思わせるほど精巧で、こちらの世界を侵食するかのようである。しかし、やはり青少年の愛やおもちゃ箱をひっくり返したような印象が少ないことで異色さを感じるところはある。ここからはより、『【改訂】蜘蛛の糸:要因 M』の背景について触れていこう。

『【改訂】蜘蛛の糸:要因 M』の初掲載は、かにぱんむしゃむしゃ(2020)「傷口に触れないで」という合同誌であった。掲載時のタイトルは『[改訂蜘蛛の糸]要因:M』であり、現在のタイトルとは若干表記を変えている。なお、『【改訂】蜘蛛の糸:要因 M』はジェッソボードで独自の比率で作られているため、一部が印刷されていない。さらに、紙面上では氏の作品の特徴であるところのグロスポリマーやホログラムチップによる煌めきが表現しきれていない。これらの再現性の問題があるため、こちらの合同誌を手に取るだけでは作品を十分に評価することはできない。

合同誌のテーマは「傷/心の傷」であり、埋まらない隠す他ない傷を扱っていた。その中で、ひときわ目立っていた『[改訂蜘蛛の糸]要因:M』の紹介文は以下の通りである。(原文ママ)

愛着、憧れ、それらを手放せず

心相当のバツを受け続けてもなお

根性の私を浅間しく思い召されるのでしょうか。

描かれた少年(性別は確かではないが、ここでは少年とする)は、上を見上げ、目に涙を貯めている。見上げた先には、太宰治の『蜘蛛の糸』のカンダタとは異なり、天界から蜘蛛の糸は垂れ下がっていない。地獄に落ちた少年はなんらかの罪を犯したはずである。しかしながら、その罪への後悔がありながらもなお、その犯したことやその原因に対する愛着や憧れを手放せず、少年は地獄にとどまり続けるほかない。そして、血の池地獄で今もなお傷を増やし続けていることがひっかくような筆のタッチからもわかる。

どのような罪を犯し、地獄に落ちたのかは明示されていない。しかし、その地獄において、世間一般的な地獄とは異なるところが、ホログラムチップである。地獄には煌めきではなく、太陽のないことによる暗闇と地獄の業火による明かりがある、というのが一般認識ではあるだろう。しかし、ホログラムチップで煌めきを氏は表現している。しかも、複数種類のチップが使われているが、一部の入手はおそらく海外からの輸入に頼らざるを得ないもののはずである。なぜ入手困難なチップを使ってまでホログラムを入れるのかは、氏の世界観においては、たとえ地獄であろうとも、そこに煌めきがあるからだ。どんなに地獄であろうとも、血が滴っているような世界であろうとも、今そこに、煌めきがある。将来のどこかではなく、今そこに、である。それこそが氏のテーマと根底で繋がっているこの作品の特徴である。

どのような枠とオイルライナーを選んだのか

当初、この記事では、どうしてこのような額装を選んだのかということを説明することを計画していた。しかし、調査と整理を進めるうちに、額装しなければならない理由やカンジ氏の世界観、作品の特徴や背景について説明するために、多くの紙幅を割かねばならないことに気づいた。そしてそのおかげで、どうしてこの額にしたのかの理由の説明について分かりやすくなっただろう。(もちろん、この選択は世界堂の担当してくださった方の適切な判断と提案があってこそのものである。)

先述のところでは触れられなかった特徴として特筆すべきところを一点挙げておくと、この作品には、漫画カラー原稿のようなポップな印象もある。この印象は、マーカーやコピックマルチライナー、カラーボールペンといった、漫画原稿にも使用される画材が使われていることも関係している。このようなポップな印象とカンジ氏の特徴的な色使いに負けないよう、そしてむしろ強めるような、 色鮮やかで装飾的な額装 にしなければならない。

また、オイルライナーは絵に近いところに位置するため、作品の色や筆遣いとの類似性を意識する必要がある。合同誌のテーマの「傷/心の傷」を思わせるひっかくような筆のタッチを考慮すると、 オイルライナーの塗装は、筆跡が見えるようなもの を選ぶ必要がある。

さらに、カンジ氏のこの作品には、地獄においてもホログラムがあるという独特の世界観が現れている。そこで、地獄への門は煌びやかであるという前提を考慮すると、ラメ感のある枠よりも、 黄金や門扉の印象を持った額縁 が適している。

以上から、今回のオーダーメイドの額が作られた。ここまでの記述からすると自然にこの選択が受け入れられたと思われる。

最後に(Offer)

ここまで読んでいただき、感謝の念に堪えない。

今回の記事があなたにとって有益な情報を提供できたことを願う。この記事には、カンジ氏の『【改訂】蜘蛛の糸:要因 M』にある魅力的な作品についての知見を生み出すことができただろう。これはひとえにカンジ氏の『【改訂】蜘蛛の糸:要因 M』にある魅力によるものであり、この作品には少なくともそれだけの価値があるということが自明になったのではないだろうか。

この作品を眺めることによって幸せな時間を多く過ごすことができた。そして、多くの種類のお酒を飲んできた。その中で特に記憶に残ったのは、Instagram の写真にも写っているが、 ウィーンのゲミシュターサッツ(混植混醸) である。これはクエのうま味の強い魚料理に負けず、かつ、クエのうま味を打ち消さなかった。クエというとどうしても日本酒や焼酎のイメージがあるが、こちらの白ワインは和食とのペアリングという単純なところではないところで本当に素晴らしかった。もちろん、カンジ氏の『【改訂】蜘蛛の糸:要因 M』とゲミシュターサッツとの相乗効果がなかった、とは言い切れない。むしろ、あったと考えられよう。

オーストリアのワインはあまり日本では注目されていなかったが、最近になって輸入されることが増えてきた。実際、家の近くの OK マートでの取り扱いも見受けられた。しかし、まだまだ市場に多くは流れておらず、その魅力もまだ人口に膾炙されていない。

最後にアソシエイトリンクを貼らせていただき、締めさせていただこう。こちらはレストランで頼めば、グラスで 2000 円から 3000 円はするだろうものであろう。和食にも合うし、ちょっと特別な日の食事にとてもおすすめである。もし今回の記事が面白く、そして、こちらのワインに興味を持っていただけたら、是非試してみていただければ恐悦至極である。

それでは。

青を心に

仲葉あたお